「 みやじ たかのり 」
卒業式。
卒業証書を貰ってぼーっと座ってた俺の耳にアイツの名前が飛び込んできた。
とっさに前に目を向けると、ゆっくりと壇上に上がる宮地の姿があった。
背が高い。
宮地は学年で一番背が高いんだ。
でっかいからチビの俺はいつも自然とアイツのことを目で追ってしまう。
今日の宮地は心なしか表情が強張ってるように見えた。
いつも余裕な態度で大人っぽいのに、なんか、まるで泣きたいのを必死で我慢してるみたいなふうに見える。
だけどアイツにかぎって小学校の卒業式ぐらいで泣く、なんてことないだろーから、きっとそんなふうに見えるのは俺の気のせいなんだろう。
卒業証書を貰うアイツの姿は、いつものキビキビした動きと打って変ってギクシャクしてておかしかった。
やっぱアイツでも卒業式は緊張すんのか・・・アイツが緊張するなんて、なんだかすげぇ可笑しい。
そんなとこ初めて見た。
いつもの宮地も好きだけど、こーゆー宮地もなんだか可愛くって、すげぇ好きだ。
・・・・・・・・・・好き?
今自分で思ったことに呆然とした。
確かに俺はいつも宮地のことが気になってたし、背の高い宮地のことカッコイイなって思って見てた。
人気者で沢山の友達に囲まれてるアイツに話しかけて仲良くなりたいとも思ってた。
でも・・・・男の俺が同じ男の宮地を好き?
そんなはずないって思いたかったけど、いったん自覚した気持ちは誤魔化しようがなかった。
・・・そっか・・・・・・好き、だったんだ俺。宮地のこと。
胸が・・・ナイフで突き刺されたみたいに痛い。
なんで気付いちゃったんだろう。
なんで、今。
明日から、もう会えないのに。
会えなくなるのに。
俺はいつも、誰かが自分と宮地の仲を取り持って仲良く出来るきっかけを作ってくれないかとか、そんなことばかり考えてた。
俺の友達はみんな最初に青木が仲良くなってきたヤツラばっかりだったから、
自分から「友達になりたい」なんて思っても、宮地にどうやって話しかけていいのかわからなくって。
俺から宮地に・・・・・話しかけることなんて出来なかった。
俺は馬鹿だ。
宮地に話しかければ良かった。
仲良くなって友達になっておけば、卒業してからも会うことだって出来たかもしれないのに。
「ホント・・俺ってばかだぁ・・・・」
つぶやきと一緒に涙が溢れた。
今頃、後悔するなんて。
壇上にいる宮地の姿がぼやけて見えない。
隣に座ってる奴が、心配そうに俺のこと見て何か言ってるのも耳には入ってこなかった。
後から後から出てくる涙を止めることができなくて。
・・・・・・宮地・・・・・・宮地・・・・
そのまま卒業式が終わるまで、俺はみっともなくぼろぼろ泣き続けた。
結局。
俺は卒業式が終わっても宮地に話しかけることは出来なかった。
最後なんだからって勇気を振り絞って話しかける気でいた俺を、青木が強引に連れて帰ったからだ。
宮地はバスケ部の後輩や下級生の女の子達に囲まれて笑っていた。
青木と一緒に家へ帰ってから、俺はやっぱ宮地に話しかけなくて良かったんだって思い直し始めていた。
だって、親しくも無いクラスメートから「卒業しても会ってくれ」なんて言われたって、変なヤツだって思われるだけだ。
じゃなきゃ社交辞令だと思って「また会おうな」って、その気もないのに返されるだけ。
それに俺は宮地のこと・・・・好きだって気がついてしまったから。
男の俺からこんなふうに思われてるってわかったら、きっと宮地には迷惑。
だって、友達としての『好き』じゃない。
女の子に対して向けられるはずの『好き』とも違うものなのかもしれないけど。
女の子を好きだって思ったこともあったけど、宮地を思うこの気持ちは俺がそれまで『好き』ってモノだと思ってた気持ちとぜんぜん違う。
凄く痛い。
宮地のこと思うと胸が苦しい。
女の子を好きだって思った時にはこんなふうにならなかった。
もっと、ほわんとしてあったかい気持ちだったと思う。
俺が宮地のこと思う気持ちは何なんだろう。
これが『恋』ってやつなのかな?
こんな辛いのが。
会いたい・・・宮地に。
「なぁケイ〜 そんな暗いカオすんなよ〜〜」
式の後一緒に帰って来た青木はそのまま俺の家まで来て居着いてしまっていた。
そのことをすっかり忘れて物思いに沈んでいた俺は、突然かけられた声にビックリして気付いた時には条件反射で青木めがけて肘鉄を喰らわせていた。
「あ・・・・」
手加減無しの俺の肘が顔面にクリーンヒットしてしまった青木が、部屋のカーペットの上を「ぬぉ〜」とか「ひふぅ〜」とか言葉にならない うめき声とも悲鳴ともつかない奇声を発しながらゴロゴロのたうち回っている。
「あああ〜〜 わっりぃ青木」
「うぐ〜〜 ゲ〜イ〜〜 い〜だ〜い〜よ〜」
顔面を押さえたまま起き上がれないでいる青木を助け起こしてやる。(俺のせいだし)
「マジごめん青木ぃ〜」
「はふぅ〜〜 ひで〜よ〜〜ケイってばよぉ〜〜」
「あっ・・」
青木の鼻の穴からたらりと真っ赤な血が・・・・
「青木鼻血」
「ヴヴ〜〜〜」
青木が鼻をつまんでる間にティッシュを探して持って来てやる。
「本当ごめん青木。俺ちょっと考え事してて、急に声かけられたもんだからビビっちゃって・・・・」
青木はふごふご鼻の穴にティッシュを詰めながら恨みがましい目で俺を睨みつけ
「ケ〜イ〜 俺様の存在を忘れるくらい、一体何を考えてたっつーの〜〜?」
声を低くして凄んできた。
「あ〜いや、そのぉ〜・・・・・」
言えない。
言えるわけないじゃん。
卒業式でいきなり同級生の、それも男への恋心を自覚して、もう会えないから心の中で泣いてました・・・・なんて。
しかも相手は宮地。
青木のヤツはなぜか宮地のこと嫌ってるんだよ〜。
とてもじゃないけど言えねぇよお〜〜。
理由を言うまでは絶対許さん!ってふうに俺を睨んでる青木を前に必死で言い訳を考える。
「あ〜実はさ。あの、俺、卒業式んなったら急にまた不安になっちゃってさ。ほら、俺だけ別の中学だろ? だから、これからホントに大丈夫なのかなぁ〜とかまた考えちゃって・・・」
青木がじぃーと俺を見つめる。
うう・・・あの青木のカオは、見るからに疑わしいって思ってる顔つきだ。
なんとか誤魔化さねば・・・・
「そ、それにさ!ほら、中学行ったら青木とも毎日会えなくなんだろ? ずっと一緒にいたのにこれからは今までみたく毎日会うワケにいかねーじゃん? ひとりになんの寂しいな〜なんて考えてたんだよ!」
全部口からでまかせってわけじゃない。
さっき考えてたのは別のことだけど、青木と違う学校に行くのは本当に不安だった。
たとえ中学で他のヤツと仲良くなることがあっても、俺の一番大事な友達はやっぱり青木だ。
いつも一緒にいた青木と会えなくなるのは本当に寂しい。
それに宮地とは、もう会えないんだから・・・
いまさらどうにもならない俺の気持ちを言って、親友の青木に嫌われたくなかった。
「ふぅ〜ん ケイちゃんそんなこと考えてたんだ? 本当?」
「ホントだって。」
ごめん。青木。
心の中で謝る。
いつも親身になって相談に乗ってくれる青木にも言えないことが出来てしまったことが悲しい。
後ろめたくて目を合わせられずに下を向くと、両肩に青木の腕が回され抱き込まれた。
「ケイちゃん。俺信じるからね?俺に毎日会いたいって思ってくれてるんだよね?」
やさしい青木の声に涙が出そうになったけど、青木に毎日でも会いたいのは本当だから頷いた。
「俺も。俺もおんなじだから。ケイちゃんと違うガッコ行くの凄く不安。毎日ケイちゃんに会えないの凄く寂しい。」
こつん、とオデコ同士をくっつけながら青木が言う。
「俺、ケイちゃんに毎日会いたい。ケイちゃんが鬱陶しくって嫌だって言うようになっても、絶対毎日ケイちゃんに会いに行く。 ホントは俺嫌なんだ。ケイちゃんが中学で俺の知らないヤツと仲良くなんのなんて。俺のコトなんか忘れちゃうんじゃないかって凄く不安なんだ。」
まるで怖がってるみたいに青木の腕がギュっと俺にしがみついてくる。
「 そんなことない!! 」
青木の言葉にビックリして自分でも思ってなかったくらい大きな声で叫んでしまう。
青木がそんなこと考えてるなんて思わなかった。
俺のほうこそ、別の中学行ったら青木に忘れられるんじゃないかと思ってた。
青木は俺と違って誰とでもすぐ仲良くなれるヤツだから。
中学で新しい親友作って、俺のコトなんて『小学校の頃仲良かったヤツ』ぐらいにしか思わなくなるんじゃないか・・・って。
こんなに俺のコト思ってくれてるのに、少し疑ってた。
「俺がお前のコト忘れるなんて絶対にないっ!絶対に!! 他の友達出来たって!別のガッコ行ったって!俺の親友はずっと青木ひとりだよ!!青木が俺の一番大事な友達だよ!!」
「ホントに?ホントに俺がずっとケイちゃんの一番?」
頼りなさげに青木が聞いてくる。
青木が自分と同じように別の学校へ行くことを不安に思ってくれていたことが嬉しかった。
離れるのを寂しがったり不安に思ってるのは弱い俺だけだと思ってたから、青木もおんなじ気持ちなんだって知って俺は安心した。
だから青木にも同じように安心してもらいたくて真剣に言葉を返す。
「ホントのホントにお前が俺の一番の親友だ青木。この先ずーっと、なにがあっても。」
一瞬の間のあと、青木は大きく息を吐いて静かに聞いてきた。
「・・・・・絶対?」
「絶対。」
「何があっても?」
「何があっても。」
大きく頷いて答える。
安心したのか、しがみつくように回されていた青木の腕が解かれて、体が離される。
「ケイちゃん。もういっこだけ聞いてもいい? 俺はケイちゃんが一番好きだよ。ケイちゃんも俺が一番に好き?」
『好き』
その言葉を聞いた途端、俺のなかに宮地の顔が浮かんできた。
一番好きな『友達』は青木。
でも・・・・・・・。
青木の言ってるのがそんな意味のことじゃないのは解ってるのに、俺はすぐに返事が出来なかった。
「ケイちゃん・・・・俺のこと見て。俺のこと一番好きだって言って。」
青木は俺の大事な親友なんだから、一番の友達なんだから、一番好きってちゃんと言わなきゃ。
そう思って俺はおずおずと顔を上げた。
目の前には、いつもと違う真剣で真面目な面持ちをした青木の顔。
そして・・・・・・・
その鼻の穴には鼻血の染みたティッシュが・・・
「ブッ! うわははははは」
ああ〜 こんな時なんだから笑っちゃいけない!と思いつつも、真面目くさった青木の顔と鼻に詰め込まれたティッシュのギャップに思わず吹き出してしまった。
「あはは あははは」
止めなければと思えば思うほど笑いの発作が襲ってきて、完璧ツボに入ってしまった俺は青木の鼻を指差しながらバカみたいに笑いを止めることが出来なかった。
「ケ〜イ〜 なんだよぅ〜人がシ・ン・ケ・ン・に、聞いてるのにぃ〜」
「ごめ・・青木。ウッ・・だって鼻が・・・あはは・・・そ・・な・マジメなカオして・・クッふふ。ひぃ〜・・・ダメ苦し・・ツボ」
笑い続ける俺を見て青木は「どうしようもねぇな」って顔して
「あ〜もお〜 いいよ〜ケイに期待した俺が馬鹿だったよう〜」
ぷうっと頬をふくらませる。
「あ〜ごめん青木ぃ〜怒んなよ〜あはは。お前のこと好きだからさ〜 青木くんは俺の一番ダーイスキなオ・ト・モ・ダ・チv わはははは」
「あーはいはい。わかったわかった。アリガトね〜〜v 俺もケイちゃんがイ・チ・バ・ンv アイシテルわぁ〜んv 」
ひとしきり二人でふざけ合って、笑いの発作も治まった頃。
「あーそろそろ俺もう帰るわ。鼻血も止まったし。」
青木が鼻からティッシュを抜きながら時計を見て言った。
「そっか。鼻血ごめんな?もう大丈夫か?」
「ん。へーき。」
「じゃあ青木またな。」
玄関まで青木を送ってく。
青木は靴を履きながら
「なぁ〜ケイ〜。俺が言った事覚えてる?」
「えっ?覚えてるってどのこと?」
「ん〜だから〜・・・・」
青木は立ち上がるとこっちを向いてニヤっと笑った。
「俺は絶ーー対!毎日ケイに会うかんな!だから「またな」じゃなくって、「また明日」!約束だかんな! もうあんなふーにボロボロ泣くなよ!」
「じゃあな!」って言って、青木は帰って行った。
俺が卒業式で泣いてたから、だから心配して家までついて来てくれたのか?
俺は青木が去って行ったあとのドアを見つめたまま、クスリと笑みをこぼした。
青木。
お前は俺の一番大切な『友達』・・・だよ。
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